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東京地方裁判所 平成4年(ワ)11828号 判決 1999年3月29日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  被告らは、原告岩崎正一に対し、各自二〇〇〇万円及びこれに対する平成三年六月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告株式会社リンクに対し、各自八〇〇〇万円及びこれに対する平成三年六月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告株式会社リンクの代表者である原告岩崎正一らが、原告岩崎の自宅居間兼原告リンクの事務所において使用していた被告株式会社ミノルタが販売したワープロ(ただし、ワープロ本体は被告三洋電機株式会社製造。ワープロに接続されたACコードは被告川崎電線株式会社製造。)が、ACコードの被覆の損傷を原因とするショー卜若しくはワープロの本体内部の部品であるフライバックトランスないしその付近の部品の異常により出火して右事務所及び右事務所に備え付けられていた家具等に延焼し(以下「本件火災」という。)、原告らが損害を被ったとして、被告らに対し共同不法作為に基づき、損害賠償を請求する事案である。

二  争いのない事実等(証拠の引用のない事実は当事者間に争いがない。)

1 当事者

(一) 原告岩崎は、原告リンクの代表取締役であり、原告リンクは農畜産物、水産物等の加工、販売及び輸出入業務並びに経営コンサルタント業務等を目的とし、平成二年九月一日に設立された株式会社である(《証拠略》)。

(二) 被告ミノルタは、光学機械器具、レンズ、事務用機械器具及び電気機器等の製造及び販売等を目的とする株式会社であり、原告らが欠陥があったと主張する日本語ワードプロセッサー「ミノルタワープロエースMWP161」(以下「本件ワープロ」という。)を販売した。

(三) 被告三洋電機は、各種電気機械器具、電子機械器具、事務用及び産業用機械器具の製造、販売及び保守等を目的とする株式会社であり、被告ミノルタとの間の製品供給契約(いわゆるOEM契約)に基づき、本件ワープロを製造し、被告ミノルタにこれを供給した。

(四) 被告川崎電線は、各種電線の製造及び販売等を目的とする株式会社であり、本件ワープロの本体と電源とを結ぶ電気コード(以下「本件ACコード」という)を製造し、被告三洋電機にこれを供給した。

2 本件火災が発生した経緯及び状況について

(一) 原告岩崎は、平成二年一〇月末ころ本件ワープロを購入した。

本件火災当時、原告岩崎は、住所地所在の建物(以下「本件建物」という。)に居住しており、また、原告リンクは本件建物の一階居間部分を事務所(以下「本件事務所」という。)として使用していた。そして、原告岩崎は、本件ワープロを本件事務所に設置して使用を開始した(甲二、原告本人)。

なお、本件火災当時、本件事務所を含む本件建物一階部分の間取りはおおよそ別紙一のとおりであり、本件ワープロ及び周辺の家具のおおよその配置(ただし、本件ワープロの正確な位置については後述)は別紙二のとおりであった(甲一の四)。

(二) 本件ワープロ内部の構造

本件ワープロの内部には、表示部配線基板(若しくは表示回路部基板ないし偏向基板-以下「表示部配線基板」という。)、電源回路部基板、演算回路部基板等の基板が存在する。このうち、表示部配線基板にはフライバックトランス(以下「本件フライバックトランス」という。)が接続されていた。

(三) 本件ワープロの使用方法

(1) 原告岩崎らは、本件事務所の東壁にあるコンセントに延長コード(以下「本件延長コード」という。)を接続させ、さらに、本件延長コードに本件ACコードを接続させて本件ワープロを使用していた。

なお、本件延長コードの製造者は不明である(甲二)。

(2) 原告岩崎らは、文書作成時は本件ワープロをテーブルの上に置いて使用し、印刷の際には床の上に置いて使用していた(甲二)。

(3) 原告岩崎らは、本件ワープロの使用後、必ず本件ACコードを本件延長コードから離脱させ、本件ワープロの背部にあるACコード収納用のフックに巻き付けた上、卓上から降ろし、本件事務所の東壁付近に置いていた。

他方、本件延長コードは前記コンセントに接続させたままであり、丸めたり束ねたりすることはなく、そのまま東壁付近に放置してある場合が多かった(甲二)。

(四) 平成三年六月二六日、原告リンクの従業員である西井昌夫は、同日午後五時五〇分ころから本件ワープロを本件事務所の北東隅の床に置き、本件ワープロにカットシートフィーダーを接続し、キーボードはワープロ本体前面にはめ込んだ状態で自動印刷を開始し、これを作動させたまま同日午後五時五二、三分ころ、施錠のうえ本件事務所から退去した。(甲六)

(五) 同日午後六時四六分ころ、本件ワープロ付近から火災が発生し、本件事務所の一部(焼損床面積約一〇平方メートル、壁体の焼損面積約二〇平方メートル、天井の焼損面積約二六平方メートル)を焼損した。現場の状況から、出火の原因として、たばこや放火は否定されている(甲一の一ないし四)。

三  原告らの主張

1 本件火災の出火箇所について

本件火災の出火箇所は、以下のいずれかである。

(一) 本件ACコード

(1) 本件火災の出火箇所は、本件ACコードのうち本件ワープロの本体から約一六センチメートルの部分であり、出火原因は本件ACコードの短絡によりスパークが発生したこと(ショート)によるものである。

(2) 本件ACコードがショートした原因は、本件ワープロにつき、本件ACコードを本体背部の収納用フックに巻き付けて収納する構造が採用されているため、本件ACコードの収納用フックに直接接触する部分が、毎日の収納に際して、右フックに巻き付けられるたびに反復して負荷がかかり、疲労を起こしたことによる。

すなわち、本件ACコードの収納のたびごとに右フックに接触する部分が鋭角に折れ曲がるとともに、巻付け時に本件ACコードを引く力が加わるため、この部分に疲労が生じ、ショートが発生しやすい状態になっていたものである。

本件でショートが発生した部分は、巻付け時に最初に収納用フックに接触し、また力が最も加わる部分である。

そして、本件ACコードの被覆が可燃性を有していたため、ショートにより発生した火炎が印刷に供していた用紙等に引火し、本件ワープロ本体、本件事務所の北東側壁及び食器棚等に延焼したものである。

(二) 本件フライバックトランス若しくはその付近

本件火災の出火箇所は、本件ワープロ本体、具体的には本件フライバックトランス若しくはその付近である。そして、この部分から発火し、本件ワープロ内部の部品、基板等を経て本件ワープロ全体及び印刷に供されていた用紙に燃え移り、さらに、本件事務所の北東側壁及び食器棚等に延焼した。

その根拠は以下のとおりである。

(1) 以下の理由により、本件フライバックトランスを取り付けた表示部配線基板が本件ワープロの内部で一番激しく焼けているといえること

ア 本件フライバックトランスの接続端子の周囲の絶縁物が欠損していること

イ 表示部配線基板及びそれに取り付けられていた部品の残骸が本件フライバックトランス及び部品を支持していた金属数点を除いて確認できないほど焼損が激しいこと

ウ 表示部配線基板の焼損によりその直下のプラスチック製キャビネット底部に穴が発生したこと

他方、本体内部の電源回路部基板、演算回路部基板、キーボード部分が表示部配線基板に比べて焼損していないこと

(2) 本件ワープロの本体から出火した場合が最も本件火災現場及び本件ワープロ本体の焼損事実と整合すること

(3) 他の場所における出火可能性が低く、また、他の箇所を出火箇所と仮定すると、いずれも本件火災現場の焼損事実と整合しないこと

2 被告らの責任

(一) 本件ワープロの使用方法

(1) 原告らは、本件ワープロを、一日五ないし六時間、月末の多忙な時期は八ないし一〇時間使用したが、本件ワープロに添付されていた取扱説明書に違反するような使用方法はしなかった。

(2) 原告らは、本件ワープロにつき、平成三年二月二八日から同年六月一九日までの間に合計六回修理を依頼しているところ、その依頼先は、すべて被告ミノルタ、被告三洋電機若しくはその関連会社であり、自らが独自に本件ワープロを解体、修理したことはなかつた。

(二)(1) 製造物責任訴訟において、消費者である原告らは、製品の利用方法が合理的利用の範囲内であること、利用時の製品の性状が社会通念上不相当に危険であること(欠陥)、損害の発生、欠陥と損害の因果関係を主張、立証すれば足り、製造者等である被告らが責任を免れるためには、被告らにおいて、不相当な危険を生じさせた欠陥原因を具体的に解明する必要がある。

(2) 原告岩崎が本件ワープロを購入してから本件火災が発生するまでの期間は約八か月であり、原告らは本件ワープロを使用説明書に従って使用していた。

また、原告らは、本件ワープロが故障した場合は、被告らないしその関連会社に修理を依頼し、自ら分解ないし修理をしたことはない。したがって、本件ワープロは、原告らの合理的な使用の下、合理的期間中に、ACコードもしくは本体内部から発火したものであり、その利用時の性状が不相当に危険であり欠陥があったといえる。

(三) 被告らの責任(過失の推定)について

(1) ワープロのACコードもしくは本体内部の発火により火災が生じた場合は、利用者の生命、身体及び財産に危険が及ぶ可能性がある。したがって、ワープロの製造に当たり、製造者において社会通念上当然に具備すると期待しうべき製品の安全性(合理的安全性)を確保すべき注意義務は極めて高度のものである。

また、本件ワープロは、使用説明書において利用者の分解ないし修理を禁じており、また、その構造上、内部は利用者の手の届かない、ブラックボックスともいうべきものであるから、製造者において、安全性確保のため特段の注意を払わなければならない製品であり、他方、利用者において何らかの危険の発生を甘受すべき製品であるとも考えられていないから、本件ワープロには、合理的利用の範囲内における絶対的安全性が求められる。

そして、製品に欠陥があれば、製造者に過失、すなわち、右安全性を確保する注意義務違反があったことを推認すべきである。

けだし、一般に流通する製品の場合、利用する時点で製品に欠陥があれば、流通に置かれた時点で既に欠陥原因が存在した蓋然性が高く、かつ、欠陥原因のある製品が流通に置かれた場合、設計、製造の過程で何らかの注意義務違反があったと推認されるからである。

他方、製造者が責任を免れるためには、製造者において欠陥原因を解明するなどして、右の推認を覆す必要があるというべきである。

(2) したがって、本件ワープロに欠陥がある以上、被告らに過失があったことが推認されるべきである。

3 原告らの損害

(一) 原告岩崎の損害

原告岩崎は、本件火災により、本件事務所内に置かれていた家庭用動産等を焼失し、本件建物が再築されるまでの間転居を余儀なくされ、新たに家庭用動産等を購入せざるを得なくなった。

(1) 物的損害

ア 本件火災により焼失した原告岩崎の家庭用動産等の合計額は一二五三万一〇〇〇円である。

イ 本件火災により原告岩崎及びその家族が本件建物の再築工事が終了するまでホテル等借家住まいを余儀なくされたことによる宿泊費用は、合計二三一万二〇〇三円である。

ウ 本件火災による廃棄物処理費用及び転居に伴う引っ越し費用等雑費の合計は、合計四九万六二七〇円である。

(2) 慰謝料

原告岩崎は、本件火災により、原告リンクの経営が停止したため、その復興に向けて多大な労力を費やさなければならなかった。また、後述のとおり、作成に約一四年を費やし、原告リンクの経営に必須の情報を記憶させたフロッピーディスク約二〇〇枚を焼失したため、その経営業務の変更に対処しなければならなかったものであり、その精神的苦痛は計り知れない。

また、原告岩崎は、妻及び三人の子を連れて借家住まいを余儀なくされただけでなく、愛用のピアノ、入手しにくい籐製の家具、形見の着物等を失った。

さらに、本件火災の処理や原告リンクの経営の建て直しをするため、生後一年に満たない末子を実家に預けて奔走しなければならなかったのみならず、妻や就学中の長男及び長女(特に長女は本件火災当時、大学受験のために最も重要な時期であった。)も右作業に忙殺されることになった。

以上の諸事情を考慮すれば、慰謝料として五〇〇万円が相当である。

(3) したがって、原告岩崎の損害は、合計二〇三三万九二七三円である。

(二) 原告リンクの損害

原告リンクは、本件火災により、営業活動が約三か月間停止し、また、営業活動計画が約一年遅れたのみならず、営業用の情報が記憶されているフロッピーディスク約二〇〇枚が焼失したために、営業内容を変更せざるを得なくなった。

(1) 事故発生から平成四年六月末までの逸失利益

原告リンクは、平成三年度の営業利益として八二二万五〇〇〇円を、平成四年度の四月から六月までの営業利益として一二三〇万円を見込んでいたが、本件火災によりこれらの利益を得ることができず、かえって、平成三年度は一七一七万三七一八円の、同四年度の四月から六月までは二一六五万七〇〇〇円の損失を計上している。

したがって、得べかりし利益は、平成三年度及び同四年四月から六月までの間に見込まれていた営業利益二〇五二万五〇〇〇円及び右期間に生じた欠損金三八八三万〇七一八円の合計五九三五万五七一八円である。

(2) フロッピーディスクを焼失したことにより、コンサルタント業務が遂行できなくなったことによる損害

ア 原告リンクは、本件火災によりフロッピーディスク約二〇〇枚を失ったところ、右フロッピーディスクには、代表者である原告岩崎が約一四年の年月をかけて集約した農畜産物及び水産物の生産者、生産地、品種、生産量等の情報、食料品の宅配システム事業のノウハウ等の情報が集約されており、各フロッピーディスクに記憶された情報量は、日本工業規格A四の用紙に一ページあたり一行四〇ないし四五字で三〇ないし五〇行のものが約五〇〇ページ程度の分量であった。

原告リンクは、右フロッピーの情報を利用して、食品卸業及び小売販売業者数社のコンサルタントを計画していたが、平成四年八月以降、年間一五〇〇万円の営業利益が見込まれていた右コンサルタント業務を断念せざるを得なくなった。

右フロッピーディスクに記憶された情報を再現するのは、約五年間を要する。

イ また、同等の情報をフロッピーディスクに入力するための作業経費は、A四用紙一枚当たり一二〇〇円が相当であるから、それぞれ五〇〇ページ分の情報が入力された二〇〇枚のフロッピーディスクの再現作業に必要な経費は一億二〇〇〇万円である。

ウ したがって、右コンサルタント業務が遂行できなくなったことによる損害は、右五年間の営業利益である七五〇〇万円から経費として四五〇〇万円を控除したものに入力のための作業経費を加え、一億五〇〇〇万円である。

(3) したがって、原告リンクの損害は合計二億〇九三五万五七一八円である。

(三) 弁護士費用

原告らは、原告ら訴訟代理人らに対し、弁護士費用の支払を約した。右弁護士費用は、本件事件が重大かつ複雑な事実関係であり、訴訟遂行に困難を伴うことから、請求金額の二割が相当であり、原告岩崎について、四〇六万七八五五円、原告リンクについて、四一八七万一一四四円となる。

(四) よって、原告岩崎は、被告らに対し、共同不法行為に基づく損害賠償として各自二四四〇万七一二八円のうち二〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成三年六月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告リンクは、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として各自二億五一二二万六八六二円のうち八〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成三年六月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

四  被告らの主張

1 本件火災の原因について

(一) 本件ACコード

本件ACコードが本件火災の出火箇所であるとする原告らの主張を裏付ける証拠はなく、かえって以下の理由により、本件ACコードが出火箇所であるとは認められないから、本件ACコードに原告ら主張の欠陥は認められず、したがって被告らは損害賠償責任を負わない。

(1) 本件ACコードの溶断箇所は、本件ワープロの収納用フックに接触して負担がかかる部位ではないことから、本件ACコードが原告らの主張するような態様で収納用フックと接触し、疲労を起こしてショートすることはあり得ないこと

(2) 本件ACコードは、電気用品取締法及び日本工業規格の定める強度基準を満たしていること

(3) 被告らが実施した本件ACコードと同種のコードの強度実験においても原告らが主張するようなコードの疲労ないし損傷が生じないこと

(4) 本件ACコードの溶断箇所の溶融痕は、その形状、状態及び光沢並びに発火、出火に至る必要な易燃物及び可燃物の有無から、一次痕、すなわち、火災の原因となった両極素線の短絡により生じた電気的溶融痕ではなく二次痕、すなわち他の原因によって発生した火災の結果としてコードの絶縁被覆が溶融、燃焼することによって両極素線が短絡して生じた電気的溶融痕であると認められること

(二) 本件ワープロ本体

本件ワープロ本体が本件火災の出火箇所であるとする原告らの主張を裏付ける証拠はなく、かえって以下の理由により、本件ワープロ本体が出火箇所であるとは認められないから、本件ワープロ本体に原告ら主張の欠陥は認められず、したがって被告らは損害賠償責任を負わない。

(1) 本件建物の焼損状況からは、本件火災の出火箇所は、本件ワープロ本体でなく、東側壁のコンセントから本件延長コードの不完全断線の箇所付近に至る範囲であると認められること

(2) 本件ワープロ本体のキャビネットは合成樹脂製であり、材質上、外部からの延焼の場合でも激しく燃焼し得ることから、本件ワープロの焼損状況が激しいことと本件ワープロ本体からの出火とは必ずしも結びつかないこと

また、本件ワープロの内部構造上、本件フライバックトランス及び本件フライバックトランスが接続されている表示部配線基板は燃焼しやすい位置にあるから、表示部配線基板の焼損状況が、他の基板に比較して激しかったとしても表示部配線基板付近から出火したことの根拠にはならないこと

(3) 本件フライバックトランスの安全性は高く、この安全性は被告らが行った実験においても確認されていること

(4) 本件フライバックトランスの焼損状況からは、本件火災において十分な余熱を受けた後、本件火災の最終段階で本件フライバックトランス全体が焼損したこと、すなわち本件ワープロ全体が外部から延焼して炎に包まれたことにより本件フライバックトランスが十分な余熱を受け、その後本件フライバックトランスが燃焼したことを示していること

(三) なお、本件では、本件延長コードないし壁付コンセントからの出火の可能性を否定できない。

第三  争点

本件火災の出火箇所は本件ACコード又は本件ワープロ本体であるか否か

第四  当裁判所の判断

一  本件全証拠中、「本件ACコード又は本件ワープロ本体から出火した」事実を認定しうる証拠として、

1 原告岩崎の陳述(甲二、甲五)ないし供述(原告本人)

2 荻窪消防署久我山出張所消防司令補(当時)高山新作作成に係る出火原因調書(甲一の二)(以下、「出火原因調書」という。)

3 鑑定人矢部五郎による鑑定の結果(以下「矢部鑑定」という。)

4 本田稔基作成に係る鑑定意見書(甲一三の二)(以下「本田鑑定意見書」という。)

を挙げることができ、右以外に「本件ACコード又は本件ワープロ本体」からの出火を認めるに足りる証拠はない。

そこで、以下、これら各証拠の信用性について検討を加える。

二  原告岩崎の陳述ないし供述について

1 原告らは、本件火災発生時の状況につき、おおむね以下のとおり主張し、右主張に沿う原告岩崎の陳述ないし供述が存在する。

(一)(1) 本件火災を最初に発見したのは、原告岩崎の長男である。長男が本件建物に入った時間は平成三年六月二六日午後六時四二、三分ころであった。

(2) 長男の本件火災の現認状況は以下のとおりである。

玄関に入った直後、何かが燃えているような焦げ臭さを感じるとともに、プラスチックがはじけるような音を聞いた。本件事務所には火の気がなかったため、当初は右の臭いや音の原因が分からなかったものの、よく見渡してみると、本件事務所に置かれた本件ワープロから火炎が上がっていることを発見した。

発見当時、右火炎はそれほど大きいものではなかった。

(3) 長男は、消防署に通報するため近隣の公衆電話に向かったところ、本件建物の門付近で原告岩崎の長女と出会い、また、本件建物前の路上で原告岩崎、原告岩崎の妻及び二男に出会ったため、それぞれ火災が発生したことを告げた。

(4) 長男の知らせを受けて本件建物に入った長女も本件ワープロ付近が燃えていることを現認し、原告岩崎らにその旨告げた。

(二)(1) 原告岩崎が本件建物に入ると、玄関から本件ワープロの上部(カットシートフィーダー付近)から一五ないし二〇センチメートルの橙色もしくは紅橙色の火炎が出ていることを現認した。

(2) 原告岩崎は本件ワープロが燃えていることを以下のとおり現認した。

ア まず、本件建物の玄関の位置から本件ワープロが燃えていることを現認した。

イ 次に、台所の方向に向かい、台所の入口付近でも本件ワープロが燃えていることを現認した。その際、石油製品が燃えているような臭いがひどく、本件ワープロに近づくことはできなかった。

ウ さらに、本件事務所の入口のガラス戸から本件ワープロが燃えていることを現認した。

エ ウの後、建物の外から回り込んで、本件事務所の東壁側の窓を割って消火活動を試みた際、本件ワープロが燃えていることを現認した。

オ 本件ワープロの周囲の家具や床等が燃えていることは確認できなかった。

(3) 原告岩崎が本件火災を発見したころの火炎の大きさは前記のとおりであったが、その後、急速に燃え上がり、臭いや煙も急速にひどくなった。

(4) 原告岩崎は、本件ACコードの焼損状況については現認していない。

2 しかしながら、以下の理由により、右陳述ないし供述をもって本件ACコードないし本件ワープロ本体から出火した事実を認定することはできない。

(一) まず、原告岩崎の長男及び長女の目撃状況について検討する。原告岩崎は、当初、長男が玄関から本件ワープロが燃えていることを発見したと陳述ないし供述していたにもかかわらず(甲二、原告本人二三頁以下)、反対尋問においては、「ワープロそのものから火が出るのを見たことではないというか、ワープロということがはっきり現認はできなかったと言ってます。」と供述を変遷させている(原告本人八三頁以下)。また、原告岩崎は、長男に次いで本件建物に入った長女も本件火災を現認し、原告岩崎らにそのことを告げた旨陳述していたところ(甲二)、反対尋問においては、長女がいかなる態様で本件火災を現認したかについてあいまいな供述をしている(原告本人九四頁以下)。そして、長男及び長女がワープロから出火したのを目撃したとの右供述がいずれも原告岩崎の伝聞供述であることからすると、原告岩崎の右各供述部分は採用できない。

(二) 次に、原告岩崎自身の直接の目撃供述部分について検討すると、右供述についても、以下の理由により採用できない。

(1) 甲一の四見分状況及び写真(27)、(28)、(32)、(33)、図面第六図、乙一八写真35、43ないし45、47、乙二〇写真1ないし4、乙二一、乙二四、乙二六の二、検甲二〇、鑑定人野々村真一の鑑定の結果によれば、本件火災の発生時点において、本件ワープロの置かれていた位置から本件事務所の北壁までの距離は最大でも約六五・七センチメートル、東壁幅木までの距離は最大でも約三・一センチメートルであったものと認められる。そして、ワープロの位置が右のとおりであるとすると、原告岩崎が目撃したと供述する玄関及び台所の位置から本件ワープロを現認することは不可能である(乙二五、原告本人一二八頁)。

(2) 仮に原告岩崎が真に本件ワープロ上部からの発火を目撃していれば、本件火災直後、現場見分に立ち会った荻窪消防署職員等に対して右目撃の事実が告げられ、記録されたと考えるのが自然であるにもかかわらず、かかる目撃をした旨の供述は、現場(鑑識)見分書(甲一の四)及び現場質問調書(甲一の五)に記載されていない(なお、右現場質問調書には、本件火災の際、本件建物の内部に立ち入ることができなかった旨原告岩崎が述べたとの記載があり、この点は、原告岩崎の本人尋問における供述と矛盾する。)。原告岩崎は、ワープロの上部が発火していた事実を消防署職員に伝えた旨供述している(原告本人一四六頁)が、消防署職員が、かかる目撃発言を全く無視して現場質問調書を作成することは考え難いことに照らし、右供述は信用できない。

(3) また、原告岩崎は、萩窪消防署の現場(鑑識)見分書(甲一の四)のうち、本件ワープロが前記認定とほぼ同様の位置にあったとの記載が誤りである旨の供述を行い、かつ本件ワープロの位置に関する現場(鑑識)見分書作成の経緯として「ワープロはもっとこっちにあったはずだというふうに言いました。そしたら消防署がですね、焼けると動くんだというふうな表現の仕方で言いました。動くんだよ。それでこっちのほうまで来てるんだと。ワープロがあったというところの下のところの焼け跡を示しながら、こういうふうに動いたんだよというふうに私に説明してくれました。」(原告本人一二七頁)と供述している。しかしながら、現場(鑑識)見分書作成当時、本件ワープロが所在した床面はワープロの部分だけが焼け残っており、かつ、火災により溶融したワープロキャビネットが、その底面にこれと対応する床面の特徴を残したまま硬化して接着していることを考慮すると、本件ワープロが火災の際に移動したとは考えがたい。(乙二四)

三  出火原因調書について

1 出火原因調書(甲一の二)は、本件火災の出火箇所ないし出火原因として、本件ACコードの被膜が何らかの要因により損傷して短絡し、本件ACコード付近にあった何らかの可燃物に引火したものと判定し、その判定理由として以下のものを挙げる。

(一) 本件事務所の北東側に置かれたワープロと北東隅に置かれた食器棚及び周囲の壁体と床の焼けが強いこと。

(二) 本件事務所の北東側隅にあった壁付コンセントから延びている本件延長コードと、それに接続してある本件ACコードに認められる短絡痕は、ほぼ同じ状態で床面にあり、また、電気の流れから考察すると、最初に短絡したのは本件ACコードで、出火箇所は本件ACコードの短絡箇所に近いものと推定される。

(三) また、本件延長コードの出火可能性について検討し、「北東側壁付コンセント部分やテーブルタップ(本件延長コード)の差し刃に溶融痕はなく、同コンセントからワープロの電源をとっているテーブルタップの配線が短絡した場合、負荷側のワープロのコードには通電せず、短絡は生じない。このことから、テーブルタップのコードは二次的に焼損し、短絡したものであることから、ワープロの器具コードの短絡箇所から出火する可能性は、状況的に見て十分考えられる。」と述べてこれを否定している。

2 しかしながら、以下に述べる理由により、前記出火原因調書の記載をもって、本件ACコード、特にその短絡痕から出火したと認定することはできない。

(一)(1) 出火原因調書は、本件ACコードから出火したと結論付けた理由の一つとして「北東側壁付コンセント部分やテーブルタップの差し刃に溶融痕はなく、同コンセントからワープロの電源をとっているテーブルタップの配線が短絡した場合、負荷側のワープロのコードには通電せず、短絡は生じない。」との点を挙げる。

しかしながら、本件延長コードには、溶断箇所よりさらに負荷側(本件ワープロ側)に溶断に至らない電気的溶融痕(不完全断線部分)が存在するものと認められるところ(検甲二、乙二六の二、乙六四の二、鑑定人野々村真一の鑑定の結果)、この部分につき、一次的にトラッキング現象等により短絡が発生したもののブレーカーが作動せずに本件ACコードへの通電が継続し、その後、何らかの理由で本件ACコードが短絡して完全断線を生じたとしても矛盾するとはいえないこと(乙二六の二、乙三三の二、乙五一、乙五二、乙六四の二、鑑定人野々村真一の鑑定の結果)から、右不完全断線部分について検討を加えることなく、かかる判定を行うのは不正確であること

(2) 他方、原告らは、本件延長コードにつき、一次的にトラッキング現象等により短絡が発生したもののブレーカーが作動せずに本件ACコードへの通電が継続し、その後、何らかの理由で本件ACコードが短絡して完全断線を生ずることはあり得ないとし、その理由として、本件延長コードの一部が不完全断線を起こしたにもかかわらずブレーカーが作動せずに通電を継続する事態は極めて限られた場合にしか発生しないこと、本件延長コードに不完全断線が生じても、そのほとんどは瞬時に完全断線するか、消滅すること、仮に本件延長コードで不完全断線が継続する場合であっても、不完全断線箇所から負荷側(本件ワープロ側)では電流及び電圧が降下するため、短絡が生ずるような力が発生せず、本件ACコードで短絡が生ずることはあり得ないことを挙げる。

しかしながら、右原告らの主張は以下の理由により採用できない。

ア 前記のとおり、コードの短絡が発生したにもかかわらずブレーカーが作動せずに通電を継続する事態が発生する蓋然性は否定できないこと(乙五一、乙五二)

イ 本件延長コードに不完全断線が生じても、そのほとんどは瞬時に完全断線するか、消滅する、とする原告らの主張には具体的な裏付けがないこと

ウ 本件延長コードで不完全断線が継続する場合であっても、不完全断線を起こした箇所から負荷側(本件ワープロ側)では電流及び電圧が降下する、とする原告らの主張には具体的な裏付けがなく、かえって、このような場合、電流及び電圧は一瞬の低下の後、再び元の水準に戻る場合もあると認められること(乙五二)

(二) 本件ACコードの溶断箇所は、本件ワープロ本体にあるACコードの収納用フックに直接接触する位置ではないこと(乙一ないし六、乙二二、検甲一)から、本件ACコードを収納する際の接触が本件ACコードの短絡の原因になったとは認められず、他方、本件全証拠によっても、他に本件ACコードが一次的に短絡した原因となるべき特段の事実が認められないこと

(三) 以下に述べるとおり、本件訴訟において提出・採用されたいずれの鑑定及び鑑定意見書においても、本件ACコードの短絡痕が一次痕であると判定されておらず、かつ右判定に特段の疑問点がないこと

(1) 野々村鑑定人は、本件ACコードの短絡痕が二次痕であると結論づけている。すなわち、本件ACコード及び本件延長コードの電気的痕跡はそれぞれ特徴的であって、本件ACコードの短絡痕は、完全に断線しており、火災延焼による二次痕と見られるが、本件延長コードの方は不完全断線と完全断線を含み、不完全断線は一次痕の可能性が高いと判断され、完全断線は機械的外力若しくは火災熟によるものと考えられるとする。

(2) 杉山卓(乙三三の二)、細井三郎(乙三四の二)、塚本孝一及び松浦正博(乙六四の二)作成の各鑑定意見書

ア 杉山卓作成の鑑定意見書(乙三三の二)においては、本件ACコードの電気的溶断痕については、ごく短時間の短絡によって生じたものと考えられ、一次痕、二次痕の別については、痕跡の形状、状態及び光沢等並びに発火、出火に至る必要な易燃物及び可燃物の有無等から、一次痕である疑いを全く否定することはできないが、検討資料から判断する限り二次痕と考えて差し支えない、とする。

また、本件延長コードとの比較検討についても、本件延長コードの溶融痕部分が広い範囲であり、しかもただ一回のごく短時間の短絡によるものでないこと、本件延長コードと本件ACコードが接近していること、両コードの太さに違いがあることから、本件延長コードの電気事故で素線の一部が溶融、溶断した後、本件ACコード等に短絡が生じた可能性を指摘している。

イ 細井三郎作成の鑑定意見書(乙三四の二)においては、本件ACコードが最初に短絡すれば、その時点でブレーカーが作動して通電が停止し、その後延長コードに不完全断線は生じないはずであるから、本件ACコードの短絡痕は最初に生じたものではないとされている。

ウ 塚本孝一及び松浦正博作成の鑑定意見書(乙六四の二)においては、本件ACコードの芯線を拡大して写した写真を検討し、

(ア) 短絡痕の状態は、例えば火災によって通電中のコードの被覆が燃えて生じた二次痕は、短絡点で芯線が丸く玉状になる。コードが被熱せずに単独で短絡した場合は、短絡点でやや鋭角的状態になっている場合が多い、

(イ) 本件ACコードには短絡点で玉状の溶融痕が見られ、床に這わせたコードが焼けた紙類等の堆積物の下に見られ、コードの被覆が焼けている。これは堆積物の紙類が燃え、そのため本件ACコードの被覆も燃えて、短絡したものと考えられる、としている。

(3) 矢部鑑定、本田鑑定意見書(甲一三の二)においても本件ACコードからの出火は否定されている。

(四) 被告らが実施した実験によると、少なくとも、本件ACコードが火災による熱等により二次的に短絡したとしても、本件ACコードの短絡痕と類似の短絡痕が生じうるといえること(乙六六)

四  矢部鑑定について

1 鑑定人矢部五郎は、「本件火災の出火場所は本件ワープロの本体(特にフライバックトランス付近)である。さらに詳しく言えぱフライバックトランスを取り付けた表示部配線基板である。」と結論づけ、その理由として、以下の三点を掲げている。

(一) 本件火災の焼損したワープロを観察するとフライバックトランスを取り付けた表示部配線基板が一番激しく焼けていること。すなわちフライバックトランスの足の周囲の絶縁物が欠損している事実(甲七の写真37)と、表示部配線基板及びそれに取り付けられていた部品の残骸がフライバックトランス及び部品を支持していた金属数点を除いて確認できないほど焼損が激しい事実と、表示部配線基板の燃焼に伴いその直下のプラスチック製キャビネット底部に生じた穴(乙一九の写真31及び添付写真1参照)が確認できた事実から火災は表示部配線基板から出火したものと推定できる。

(二) 本件火災現場の写真から火災の経緯をたどると本件ワープロ本体から出火した場合が最も本件火災現場の焼損事実と整合する。火災初期には床面の近くではクーラーの冷風が西から東に吹いていたから焼損範囲の風上に位置するワープロ本体から出火し、風下の床面を流れたプラスチックが燃焼し、次いで食器棚、壁に延焼したと推定できる。

(三) 他の場所における出火可能性が低く、いずれも本件火災現場の焼損事実と整合しない。仮に風上にも火が移るという主張を許しても、ワープロ本体のキャビネットは溶融しているが燃焼しなかった部分が多く残りながら、もっとも風上にあった表示部配線基板及びその付近が激しく燃え残骸が焼失している事実を説明できない。

2 しかしながら、以下の理由により、前記矢部鑑定の結果は採用できない。

(一) 本件ワープロの焼残物のうち、キーボードの裏面のプラスチック溶融物中に、厚さ三ミリメートルで均一かつ平滑なガラスの破片が固着しており、右ガラス片は、本件ワープロに内蔵されている曲率のあるガラスとは異なり、明らかに東側窓の窓ガラスの破片と判断されるところ、右破片がキーボードの裏面にあるということは、キーボードが倒れたのは窓ガラスの破片が落ちてからのことであり、火災がかなり進展してからであると推定される。そうすると、本件ワープロは、火災により窓ガラスが割れた後に延焼し、本体にはめていたキーボードが落下し、その底面にガラスの破片が付着したと考えざるを得ない(鑑定人野々村真一の鑑定の結果)。

(二) 甲一の四写真(32)、乙一八写真35、43ないし45によると、本件火災において、本件ワープロの背面側の床面は、本件ワープロが置かれていた位置の真下の床面が焼け残り、焼け残った床面と黒焦した床面との境界が本件ワープロ本体の背面に沿って直線を呈している事実が認められる。これに対し、本件ワープロと同機種を用いた燃焼再現実験の結果(乙七六)によると、ワープロ本体から先に燃焼が開始した場合、まずキャビネット背面が床面に溶けて床面を覆ってしまうため、その下にある床面は焼けずに燃え残り、かつ焼け残った床面と黒焦した床面との境界は溶融したキャビネットに覆われている部分に沿って曲線を描き、本件火災現場の本件ワープロの背面側床面の焼跡のように直線を呈することはないことが認められる。そうだとすると、本件ワープロは、背面からの延焼により、まず、本件ワープロ背面の床面が本件ワープロの背面に沿って直線状に黒焦した後に本件ワープロに火が移り、燃焼してキャビネットが溶融するに至ったと推定するのが相当である。

(三) 矢部鑑定は、「表示回路部プリント基板付近が最も燃焼が激しい」ことから同所から出火したものと鑑定意見を述べている。しかしながら、(1)乙三七、乙七七によると、<1>本件ワープロにおいて表示部配線基板が演算回路部基板及び電源回路部基板と異なり鉄製シールドで保護されていないこと、<2>表示部配線基板の直下のキャビネット部分には空気が流通する穴(スリット)が設けられていること、<3>表示部配線基板の下方からキャビネット底部までの間の部品は、キャビネット底部から浮いた位置に設置されている穴のあいた金属板のみであること、<4>キャビネット底部がゴム脚により底面から上げ底になっていること、といった構造であることから、もともと燃焼の熱が伝わりやすくまた空気の流通が良いため、構造的に激しく燃焼する部分であることが認められる上、(2)本件ワープロと同機種のワープロを用い、ACコード出口付近から着火した燃焼実験の結果(乙七六)でも、同様に表示部配線基板付近は激しく燃焼し、その直下のキャビネット底部に穴が生じることが認められるので、表示部配線基板付近の燃焼が激しいからといって必ずしも表示部配線基板付近の出火を裏付けるものということはできない。

(四) 矢部鑑定は、「火災初期には床面の近くではクーラーの冷風が西から東に吹いていたから焼損範囲の風上に位置するワープロ本体から出火し、風下の床面を流れたプラスチックが燃焼し、ついで食器棚、壁に延焼したと推定できる。」としているが、(1)本件火災現場と同等の大きさの部屋を作成し、同等の什器を置き、西壁側の本件現場と同じ位置にある本件エアコンと同等の送風能力を有するエアコンを設置し、部屋の北東隅に置かれたワープロ周辺の風速の現実の測定実験結果及びコンピューターによる風速のシュミレーション実験結果によると、ワープロ周辺の風速はいずれも秒速〇・一メートルと極めて微風であったこと(乙七八、七九)が認められる上、(2)本件ワープロのキャビネットと同質の素材であるポリスチレンの燃焼実験の結果及び右ポリスチレン樹脂製造メーカーからの回答によると、本件ワープロのキャビネットと同質の素材であるポリスチレンは、自己燃焼による発熱で軟化溶融し、可燃性ガスを発生し燃焼を継続するが、溶融状態での粘度は高く、床面を流出しないことが認められるのであるから(乙八一、乙八二の二)、本件火災の延焼の経緯として矢部鑑定のように推定するのは困難である。

(五) さらに、矢部鑑定は、本件火災現場の延焼状況を判定するにあたって、「たとえば、『壁付きコンセント及び延長コードのプラグ部分を含む東壁の部分』から発火すれば、東壁は上に向かって燃焼し、それから食器棚の燃焼、次いでワープロのキャビネットの軟化溶融と進むはずであるが、本件火災現場は全く相違していた。」とし、その根拠として、「(もしそのような過程で延焼したとすると)食器棚や壁がもっと上方まで焼損した状態で鎮火していなければならない。」と述べている。しかしながら、右判断の前提となる「燃焼した食器棚」の原形について、矢部鑑定人は、鑑定書添付第二図に記載のとおり、本件事務所から台所へ通じるドアの半分位の高さであるとの認識のもとに「上方まで焼損していない」と判断していると認められるところ、右食器棚の高さは、もとは本件事務所から台所へ通じるドアとほぼ同じ高さであり(甲一の四添付第五図、乙一八写真23)、本件火災の結果、この食器棚の上段はすべて焼損して崩れ落ち(甲一の四写真(18)、(20)、(23)、(24)、(26)、(28)、乙一八写真15、23、70、71)、また、食器棚東側壁も上方まで燃焼し、食器棚上方部分の天井まで火災のために焼け落ちている(甲一の四写真(23)、乙一八写真15、23、70、71)のであるから、むしろ「食器棚や壁は上方まで焼損している」と認めるべきであり、矢部鑑定人による本件火災の延焼過程の判断には、その前提に誤りがあったと考えざるを得ない。

五  本田鑑定意見書について

1 本田鑑定意見書もまた、本件火災の出火箇所は、本件ワープロの内部、詳細にいえば本件フライバックトランス若しくはその付近であるとし、ここから本件ワープロのキャビネット、プリンター部分、印刷用の用紙等に延焼し、さらに本件ACコード、本件延長コードの被覆のビニールを溶かし、短絡を発生させ、一方でキャビネット、プリンター及びカットシートフィーダーを構成するプラスチック等に引火して食器棚、壁等に延焼していった、と判定する。

2 しかしながら、右本田鑑定意見書も以下の理由により採用できない。

(一) 本田鑑定意見書は、本件フライバックトランスを出火場所とする根拠として「フライバックトランスの表面は極めて均一に焼けており、これは強い火災で急に加熱された場合にはなり得ない焼け方であり、発火前にそれほど強くない熱で時間をかけて均一に熱せられていたことをうかがわせる。そしてプラスチックと鉄芯との接触面の焼け方に差異が少ないということは、鉄芯とプラスチックが熱容量、熱伝導率が違うにもかかわらず温度が同時に上昇したということであり、時間をかけて均一に熱せられていたと判断できる。」としているが、本件フライバックトランスの外観につき、「強い火災で急に加熱された場合にはなり得ない」と推論する根拠及び「プラスチックと鉄芯との接触面の焼け方に差異が少ないということから鉄芯とプラスチックが熱容量、熱伝導率が違うにもかかわらず温度が同時に上昇した」との結論を導く根拠が不明確であるうえ、様々な条件下でのフライバックトランスの燃焼実験結果(乙四七)からみても、その外観から「強い火で急に加熱された」か「発火前にそれほど強くない熱で時間をかけて均一に熱せられていた」かを判別するのは困難であると言わざるをえない。

(二) また、本件フライバックトランスから出火したと考えると、前記四2(一)(二)に記載したキーボード下部の窓ガラス片の存在及び本件ワープロ背面床面の黒焦状況の説明がつかないし、本田鑑定意見書が「表示回路部分のプリント板が全く残っておらず、強く焼けている。ここは早い段階で焼けたと思われる。」ことから同所を出火場所と推定している点についても、前記四2(三)と同様、表示部配線基板部分が強く燃焼していることをもって同所を出火場所と認めることはできない。

六  よって、本件火災の出火箇所が「本件ACコード又は本件ワープロ本体」であると認めることはできないから、原告らの請求は理由がない。

(裁判長裁判官 鬼沢友直 裁判官 江頭公子 裁判官 衣斐瑞穂)

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